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イミテーションブルーへ
イミテーションブルー2
ビヤドゥ ビリバル 夜光虫
ノーマジーン 小説2
翌日、朝食のあとダイビングに出かける牧子を送り出すために桟橋に向かった。ウェットスーツを身に付けてドーニに乗り込むダイバー達と、先ほど定期船で姉妹島のビヤドゥから到着したと思われるゲストたちで桟橋の上はごった返していた。
「じゃあ、行ってくるねケンちゃん」
水色のラインが彼女らしいウェットスーツ姿。その瞳はこれから体験するであろう素晴らしさを期待して輝いている。そんな彼女を乗せて出発したドーニを俺は見送った。
「南の島が似合ってるね、石井ちゃん」
信じられないセリフが俺の背後で響いた。俺の足元に伸びる濃い黒い影。そのシルエットに見覚えがあって、俺はスローモーションみたいにゆっくりと振り返った。
「冗談だろ?」
そこにパレオを腰に巻いた理香がうっすらと口元に笑みを浮かべて立っていた。
「だって言わなかったっけ?次の作品は南の島を舞台にするって」
理香の声が聞き取れないくらい俺の心臓の音は高鳴ってきた。
「取材よ取材。何事も肌で感じなきゃいい作品は書けないからね」
眩暈がした。日差しのせいじゃないと思う。
「明後日には他の島に移るしさ、それにここじゃ隣の島のビヤドゥに泊まってるのよ」
「…勘弁してくださいよ、理香センセ」
「邪魔しないってばーーー。でもスリルあるねこういう逢引」
「逢引…それって同意の上でって意味合いでしょ?」
「なによ青い顔しちゃって」
「だって、ここ青山とか六本木じゃないんだよ?モルディブだよ?信じられないっすよ」
「…石井ちゃん、あんたね普通のことやってて小説なんか書けると思ってんの?」
彼女は呆れたように肩を落としてタバコに火をつける
「あたしにいい仕事させるのが編集担当の石井ちゃんの仕事でしょ?」
さすがだ、物書きして食ってるだけあるよ。そのメチャクチャな理論に妙な説得力がある。きっと代表の電話に出る総務の噂好きの彼女がしゃべったに違いない。彼と行ってみたいと興味ありげに俺に色々と島のことを訪ねていた。
海辺のカフェでお茶をしながら、理香は普段と変わらない様子で俺に接してくる。ただひとつの違和感は理香の肩越しに見える、眩しいくらいのブルー。それは理香とたまに訪ねる鎌倉のレストランの壁に掛けられた新しいポスターじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
ここはどこだっけ?
まだ立ち直れていないらしい。それくらい理香の登場はショッキングだった。
理香は汗をかいたグラスを爪先で叩いて何かの合図みたいな音を響かせる。それは小さな音だったけれど、俺の心臓は跳ね上がって催眠術から解けたように現実を凝視した。
俺のそんな様子がおかしいのだろう。
「明日またね」
理香はイタズラっぽく覗き込むとドーニの時間だからと席を立った。
明日また?
今日はたまたま牧子と入れ違いだったが、明日はそんなタイミングよくいくかわからない。
「明日は午後からボートダイブに出掛けるって言ってた」
こんな事を言ってしまって、俺は共犯者のようじゃないか。だけど、目の前のこの女は,何をしでかすかわからない。もうこれ以上心臓が持ちそうになかった。心配の火種は少しでも減らしたかったのだ。
「明日はケンがビヤドゥに来てね」
“石井ちゃん”といつもは呼ぶ理香が俺の名前を呼び捨てにする。
その言葉は、ベット上だけの暗号だったのに。シーツの隙間の空気を共用するときだけに発せられる…そんな理香の隠語。
今日の理香とはキスさえもしていないのに、そう呼ばれただけで情事の後みたいな気分になる。
入れ替えみたいに戻ってきた牧子は、「すごい大物見ちゃったの」と、ご機嫌だった。
「マダラトビエイの群れにナポレオンフィッシュ…」
俺の知らない単語をすらすらと並べる牧子。体のラインがウェットスーツ越しに見て取れて、まるで裸の牧子をビーチにさらしているような気分になる。さっき木陰の向こうのイタリア人が、こっちに向かって歩いてくる牧子を誘うような視線で見詰めていたのを思い出して、
俺はあわててタオルを彼女の肩にかけた。
髪からポタポタと滴る海のしずくが光を反射して、屈託のない牧子の笑顔をいっそう輝かせている。そんな風に全身が濡れている牧子に俺は、昨夜彼女の髪に手を伸ばした時に感じた感覚を思い出す。
どうしちゃったんだよ、おいおい。南の島の開放感か?そういえばこんな風に太陽の下で牧子を見詰める事はあまりなかった気がする。
彼女はいつも家で俺を待っていた。居心地がいいように、さりげなく、だけど完璧に準備をして。
見た事がない彼女のたくさんの魅力。俺はそれをあんな狭い家の中に閉じ込めていたのだと思うと罪悪感さえ沸いてくる。彼女はこんな日差しが似合う女だったのだ。
牧子の水色のイメージ。それはお天気雨の水滴みたいにキラキラと輝いて降り注ぐ、光を含んだ水色だったのだ。同じ色ながらもそれは、そんな風にイメージを変えて俺に心に上書きされた。
やばいな
体の奥にちりちりと熱い火種がセットされるのを感じる。俺、少し開放しないとおかしくなっちゃうかも。さっきまで招かざる客だった理香の存在が少しありがたくさえ思えてきた。
翌日のランチ。デザートを食べ終わって甘い紅茶を口にすると、小さな女の子が慣れた足取りでレストランに入ってくるのが見えた。その子はこちらを見ると、嬉しそうに駆け寄ってきて
「お姉ちゃん」と牧子を呼んだ。
「こんにちわ、ママは?」
「支度しているよ、お姉ちゃん午後からやるの?」
「ええ」
まるで友達みたいな会話だ。不思議な顔をしている俺の視線に気が付くと、牧子はその子を俺に紹介した。
「七海ちゃんよ、ママはビリバルのダイビングスタッフなの」
「昨日いっしょにヤドカリ探しして、お友達になったんだよね」
少しルーズに編みこまれた三つ網を揺らして、その小さな女の子はそう俺に話し掛けた。ハーフなんだろうか?顔立ちが日本人離れしている。可愛らしい五.六歳の美少女だ。
「七海ちゃん、三つ網ほどけそうだよ、直してあげるね」
牧子は起用にくるくると癖のあるその栗色の髪を編み始めた。まるで親子みたいだな。微笑ましい気持ちでその様子を眺める。俺達の子供が女の子だったらきっとこんな光景が日常にあったかも。一瞬でもそんな事を思った自分に愕然とした。今まで考えた事もなかった。人間だと意識する事さえなかったのに。あっという間に消えてしまった小さな命を、あの時そんな風に心の中で淘汰してしまった自分の薄情さを感じた。そして、泣く時にこみ上げてくる嗚咽のようなものを感じ、俺はそれを息を殺して飲み込んだ。彼女は二年もの間、この本当の辛さを俺に理解されずに一人で苦しんでいたのだ。
“彼女がいいと言うまで見守る事が大切なんです”
これが俺の背負った贖罪。これぐらいの事、彼女の苦しみに比べたらなんてことはないのだ。 今までは、他の女達で気を紛らわせていた。贖罪なんて言葉は当てはまらないだろう。自分も楽しんでさえいたのだから。
だけど、ビリバルに来て、俺の知らない沢山の牧子を知ってしまって、これから先、牧子と今までみたいに暮らしていけるだろうか。俺は鎖でつながれた罪人のようにうなだれて、本当の贖罪の意味を味わっていくしかないのだ。
女を手に入れるのに苦労した事なんてなかった。欲しい物はいつの間にか、いつも俺の手に落ちてきたから。
躾がなっていない俺は訓練しなおすしかないのだ。『待て』の姿勢を。いつか牧子の許しが出るまで。
…だけど今は無理そう。
この島は刺激が多すぎるのだ。右を見ても左を見ても、正直過ぎる外人のカップルが視線を絡めてお日様の下で愛を囁き合っている。ベットに転がり込む寸前の状況を、映画のラブシーンみたいに演じている。
子供が見てるんですけど。…俺も見てるんだけど。刺激しないでくれる?胸の火種がファイヤーしそうだよ。
俺は隣の島に向かうドーニに乗り込んだ。牧子にはわざとらしくシュノーケルセットを持っているところなんかを見せて。先に出発する俺を、牧子が桟橋の上から見送ってくれたけど、さすがに目を合わせられなかった。
そんな俺の様子を見て、少し寂しそうに牧子が手を振る。俺もそれに応えて小さく手だけ振ってみせた。
ビヤドゥはビリバルとは全然雰囲気が違う島だった。ジャングルみたいでうっそうと木々が生い茂っている。そして、大きな2階建てのアパート式のコテージが何棟かあった。ビリバルよりも高い位置で緑と青にに溶け込んでいる赤い屋根が、普段見慣れているビルよりも空に近い気がして印象的だった。
俺は理香の部屋まで歩いているうちに、この島のダイナミックな大自然に刺激されたのか野生化してしまった。部屋に入るなり俺は乱暴に理香に抱きついた。
「ちょっとーーーどうしちゃったの?」
あの理香さえも、俺の普通じゃない飢えたような性急な口付けに驚きを隠せないようだ。
「焦らなくても大丈夫だよ」
肩で息をしながら理香は苦笑いをした。だけど…情けないことに…俺の体はこの状況にもかかわらず反応をしなかった。
は?どうしちゃったの俺?こんなことは初めてだった。モルディブの未知のウィルスに感染してEDになっちまったのか?
諦めたように俺の隣で理香がタバコに火をつける。彼女が放つであろう辛らつな一声を、俺は情けない気持ちで待ちながら、背中を向けて硬直していた。だけど、彼女はすくい上げるように俺の髪を優しく撫でてくれた。
「体だけっていうのも軽くていいけど、やっぱりボディ&ソウルだよね」
出来すぎたそのセリフに俺は振り返った。黙り込む俺とは対照的に、理香は言葉を続ける。
「あ、いいねそのタイトル!」
自分でさっき言ったその単語が気に入ったらしく、ベッドサイドに置いてある理香のいつもの赤い革の手帳に、彼女は機嫌良さそうに何かを書き留め始めた。さらさらと動くペンの先端を、ばつが悪そうに見詰める俺に理香は再び視線を戻す。
「迷いのある男の顔っていうのもセクシーでいいよね」
理香はそんな事を言って俺の瞼にキスをした。
「あたし、引き際がいい女なの」
凛とした響く声。俺は下された刑罰を聞いたような気がした。
「…嫌いになった?」
「嫌いになった男から去るのに、引き際がいいって言葉は使わないんだなぁ」
いい女だと改めて羨望の眼差しで理香を見詰める。俺の手から離れてしまった感触に寂しささえ、わいてきた。
「あたし、明日から他の島に移るからとりあえずサヨナラだけど、日本に着いたら書きまくるわよーーー今度のはベストセラー間違いなし!」
覚悟してねと俺を睨むと、もう一度。今度は唇に触れるかどうかくらいのキスを落としてきた。そして、その甘い瞬間が嘘のよう突き放した口調で、「隣の島にお帰りなさい」と言ったのだ。
俺の苦手な置いてきぼりの気分。
俺はビリバルの桟橋の先端で一人スコールが迫ってきている向こう側の暗い空を見ていた。
牧子のドーニはそろそろ戻ってくるだろうか?
誰もいないその桟橋をトコトコとフランス人形みたいな女の子が歩いてくる。その可愛らしい顔の横で揺れる栗色のお下げ。七海ちゃんだっけ。桟橋の先っぽで一人は淋しかったので、その小さな客人を微笑んで迎えた。
だけど彼女は少しご機嫌斜めらしい。そのすました顔からお返しの笑みは浮かんでこなかった。俺の隣に腰を降ろすと、ワンピースのポケットをごそごそと探る。その仕草がやっぱり子供らしくて可愛らしい。
俺の手のひらに小さな拳を乗せてきた。キャンディでもくれるのかなと想像したが、ゆるめられた拳から落とされたそれは思ったより重たくてひんやりとしていて、俺は意外なその感触に驚いた。
それは指輪だった。見覚えがある。いや、見間違うはずがない。牧子の結婚指輪。
「お姉ちゃんコレ、さっき船に乗る前、ここから捨てたのよ」
「落としたんじゃなくて?」
「違うよ。捨てたの。ほら、こうやって」
その子はしゃがんで桟橋から海に向かって小さな手のひらを差し出すとその手をひっくり返す仕草をして見せた。だったら、これは海に落ちただろう。何故ここにあるのか?
「珊瑚に引っかかっててたの。キラキラ光って落ちていったからダイヤかと思ったんだけどな」
「…よく見つけたね」
「すぐ目の前でスノーケルしてたから、よく見えたの。でもほら、珊瑚で引っ掻いちゃった」
勲章みたいに誇らしげに、七海ちゃんはミミズ張れが一本刻まれた腕を見せた。
「海を汚しちゃ駄目よ?お姉ちゃんに言っといてね」
そして得意そうに付け足した
「地球を守らないとね」
牧子は俺を置いてきぼりになんてしない。これだけ好き勝手やっていて、何を俺は言っていたのだろう?捨てられて当然なんだ。この指輪みたいに。
スコールが降り始めて七海ちゃんは桟橋を走って去っていった。その後姿を見詰めながら、この雨に打たれて溶けて流れてしまいたいと思った。
置いていかれるという孤独感。どうしようもなく溢れ出る焦燥感がこのスコールの激しさみたいに襲い掛かる。
俺は大切なものを失ってからじゃないと、いつも気付かないのだ。
母親は親父と上手くいっていなかった。そのせいか俺への依存心がとても強かった。小さい頃から恋人みたいに俺に甘えていた。若くて、綺麗で、可愛らしくて、気まぐれで、甘えん坊で、そんな母親が大好きだった。
だけど、小学4年生くらいから、どうしようもなく、うざったくなってしまったのだ。一緒に買い物をしているのをクラスメイトに見られてマザコンだなんて言われた事も拍車をかけた。あの頃すごく母親に冷たかった。でも、そんな俺を少し哀しそうに見詰めるだけで、彼女はその現実を受け止めていたように思う。
あの日も、そうあの日。
珍しく一緒に買い物に行かないかと言われたのだ。俺の誕生日に選んだものがあるんだけど、迷っているから一緒に見て欲しいと。
『いらない』って冷たく俺は言った。
『お金くれれば自分で買うよ』
少し言い過ぎたかなって思って振り返ると、玄関の扉が閉まるのが見えた。自分で突き放したのに、置いてきぼりにされたみたいで、さっきの乱暴な言い草を少し後悔した。
だけど、それっきり。
それが交わした最後の会話。
雨が降ってるなんて知らなかった。いつもあの角は車が飛び出してくるから気をつけなさいって言っていたのに。
あの時俺は泣いたっけ?涙も出なかった気がする。口を利くことすら出来なかった。
昔、授業参観で、鮮やかなピンクのスーツを着てきた事があった。隣の席の映画マニアのマセた女子がちらちらと俺の母親を見ながらこう言った。
『ケンちゃんのママはマリリン・モンローみたいだね』
俺は得意だった。外人の有名な映画スターにたとえられるような母親がいてくれて。
だけど、俺は一心に注がれる愛情にあぐらをかいて、あんなひどい仕打ちをしてそのまま逝かせてしまった。
また失うのか?俺は。
幾千もの雨の隙間から、牧子の乗ったドーニが近づいてくるのが見えた。そこに到着した皆が、こんなスコールの中桟橋に立っている俺を見て驚いていた。牧子も信じられないと言った表情で俺に駆け寄ってくる。
俺は牧子の腕を掴むと、何も言わずに歩き出した。
「ケンちゃん震えてるよ?大丈夫?何であんなトコ..」
奪ってしまおう。そう思った。俺の思考回路はおかしくなっていた。
牧子が欲しかった。
一瞬でも。
俺を置いて去っていく前に...。
殴りつけるようなスコールは小さなコテージの中の音を全て掻き消してしまった。
驚いたような牧子の顔。口元がパクパク金魚みたいに動いている。だけど、その声は俺の耳には届かなかった。そうか、聞こえないのなら俺も全て吐き出してしまおう。、この叩きつける雨の雑音の中ならどんな懺悔も出来る気がした。
「行かないで」
「ごめんね」
「愛してる」
陳腐な3流映画のセリフみたいなのを、俺は馬鹿みたいに何度も繰り返した。
もしかしたら俺、泣いているもしれない。髪から落ちる雫に混じって分からなかったけど、瞼が熱かったし、しゃくりあげていて言葉は途切れ途切れだった。
かっこ悪いけど、そんな体裁どうでもよかった。牧子が、今すぐにどこかへ行ってしまう気がして、それを遮るのはこうするしかないような気がした。
本当はもっと優しくしたかった。だけど俺には、余裕ってもんが全然なかった。何もかもを洗い流す雨の音の中で、奪うみたいに牧子を抱いてしまった。
牧子はしばらくして黙ったままバスルームに消えてしまった。後ろめたさと後悔。だけどそんな中でも俺は少し満たされていた。
怒っているだろう。呆れているだろう。捨てて正解だと思っているだろう。だけど、彼女に触れたかった。こんな風に。本当はもっと優しくしたかったけど。
バスルームから出てきた牧子は青い顔をしていた。俺は慌てて彼女の手を引くとベットの上に腰掛けさせて、ミネラルウォーターを飲ませた。
「俺ってサイテーだね」
牧子はぼんやりとした眼差しで俺を見詰めた。
「体大丈夫?」
「…?体って?」
「だって…先生に言われたんだ。体も心も傷ついているから、牧子がいいって言うまで見守れって」
「先生って…」
「ごめん…俺、我慢できなくって」
大きく目を見開いたかと思うと、牧子が泣き始めた。体を丸めて。子供が泣くみたいに。そして俺に「ごめんね」って搾り出すような声で呟いた。
なんで牧子が謝るの?なんにもしてないのに。俺が全部全部悪いのに。
「あたしじゃ、もったいないってずっと思ってた…子供が出来ちゃったってケンちゃんを縛ったのに…他に恋人が居てもそんなのあたりまえだって思ってた。奥さんぶって御飯作って…ケンちゃんがたまに笑って家に居てくれるだけで良かったの」
俺は言葉がなかった。吐き出すように続ける彼女の話をただ聞いていた。
「だけどやっぱり寂しかった。ケンちゃんがあたしに女として興味がないことが。こんな南の島に来ても駄目なんだって…でもそれが…なんで?ケンちゃん2年も前の先生の言葉をずーーと守っていたって訳?」
「だって…俺って馬鹿みたい?」
「馬鹿なのはあたし」
彼女は思い出したように薬指を触った。そこに指輪はなかった。
彼女の悲しみをこれ以上見たくてなくて俺は、ベッドサイドの机の上を指差した
「嘘…なんで?」
信じられないだろう。それがそこにあるのが。
「この島には天使がいるみたいだよ?さっき届けてくれた」
牧子は少し震える指でその指輪をつまんだ。俺は恐る恐る訪ねた。
「また…はめてくれる?」
その問いに彼女は小さく頷いてくれた。
俺はものすごく嬉しくって、牧子の手からそれを受け取るとゆっくりとそれを彼女の華奢な薬指に差し込んだ。
「体…大丈夫だったら、子供作ろうか?」
思わずそんなセリフを口にしてしまい、そんな自分に呆れた。俺、何言ってるの?調子良すぎるってば。
だけど牧子が飛びつくように抱きついてきて…激しく求められるような口付けをされて、押し倒されて。
俺はまたひとつ発見してしまった。こんな情熱的な彼女を。
いつかいつか、子供が生まれたら、この海を見せてあげたい。俺って人生の目標なんてかかげるタイプじゃなかったけれど、こんな夢みたいなものがあるのっていいよね。
二人もロマンティックで素敵だけど、小さな影がこの砂浜にもう一つっていうのも悪くないでしょ?
さっきまで地獄のどん底に居たのに今は天国に包まれている。
人生って捨てたもんじゃない。
でも、大事に大事にしなくちゃ、このホワイトサンドが手のひらからこぼれ落ちるように、幸せってなくなったりするんだ。
今回は天使が救ってくれた。ちょっと運が良かっただけ。
ボディ&ソウル
身も心も
満たされるってなんて気持ちいいんだろう。
【END】
ビリバル/写真(別窓)
ビヤドゥ/写真(別窓)
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