モルディブ サーフィン ロヒフシ 小説 無料
you don't love me (ロヒフシ)
来るものは拒まず
去るものは追わず
女の子ってこんな距離が楽しく過ごすいいスタンスだったりする。
だってさ、俺って修羅場とか苦手だし。
楽しくなきゃつまんないじゃん?
あぁ、俺を取り合って喧嘩なんて止めてよ。
皆一緒に楽しい夜をすごそうよ。
you don't love me (ロヒフシ)
「ケンちゃん、どうしたの?そのほっぺ」
まだ開店前のレゲェバー。
店に入るなり、カウンターでグラスを磨いてたアキラが俺を見て目を丸くしてる。
「あぁ、引っ掻かれた…猫に」
「またまた、猫は猫でもよく陽に焼けた猫ちゃんだろう?そういえばマユミ、昨日ケンちゃん探しまくってたな。あいつ?」
アキラの質問に肩をすかしてとぼけてみせる。
俺ってさ、軽いけど口は固かったりする訳。
こんな話、面白おかしく尾ひれをつけて、酒の肴にされるだけだ。
だけどさぁ、わかんねぇよな。どうしてマユミあんなに怒ったんだろう。
たった2,3回寝たくらいでさ、まさか俺の事彼氏だなんて思ったわけでもあるまいし。
今朝、部屋から仕事に向かおうとアパートの玄関を開けたらあいつが立っていた。
俺の隣には夕べお持ち帰りした女の子。
俺、ちゃんとおはようって言ったのに、突然、爪立てた横びんた一発食らわしてきて、そのまま走っていなくなっちゃった。
挨拶くらいしようよ。
それに、爪も切ろうよ…ね。
苦笑いしながらアキラがラムインコークを差し出して聞いてくる。
「ケンちゃん、今日ピンチヒッターなの?」
「だってDJの奴、風邪で休みなんだろ?ブンタさんから電話貰ってさ、月曜仕事休んでいいから夜、店で皿回せって」
「ブンタさん、一見見るとサーフショップとレゲェバーのオーナーには見えないよね。
アウトローなオッサンって感じだけど、一応青年実業家っていうの?オリジナルサーフィングッズも売れてるみたいじゃん」
「だって誰が企画してると思うの?ブランド名ケンちゃんにしたいくらいだぜ」
ダセ~とアキラが腹を抱えて笑い出した。
受けすぎだっつーの。
金曜の夜だ。夜の帳が降りる頃には、酸素を薄くする程に店を人が埋め尽くす。
煙草の紫煙に混じって漂ってくるマリファナの香り。
ノリのいい曲をかけてやれば、妖しいまでに男も女も体を上下に揺らす。
いっときのレゲェブームってやつは、とうの昔に過ぎ去った。
幾つかあった都内のレゲェのクラブは連ねて店をたたみ、客がいるのは老舗のここアフロアフロぐらいだ。
この業界、10年つづいてりゃ老舗っていえるよな。
たまに、DJに穴が空くと俺はこのアフロアフロに借り出された。
ま、たまにはいいけどね。俺、お祭り好きだしさ。。
流行りすたり関係なく、レゲェが好きな奴等が集まる店。
自分が選んだレコードのビートに皆が身を任せる様を、DJブースから眺めるのは気分が良かった。
ケンちゃん、ケンちゃんと名前も知らない女が擦り寄ってくる。
こういう場所で親しげに店の男と話すのをステイタスだと思ってる女の子達。
ちょろいよね。でもそんなお尻の軽い女の子も可愛いもんだよ。
俺、女の子大好き。
ふわふわしてて気紛れで甘くって美味しい。
それを味わっている時、あぁ男に生まれて良かったなって思ったりしちゃうんだ。
夜の10時。店はまだまだ客もまばら。
盛り上がるのは12時過ぎと相場は決まっている。
この青山の雑居ビルって築何年なんだろう?
皆の靴が一斉にステップを踏み出す時間になると、床が抜けるんじゃないかって時々不安になる。
まだ踊っている客も少ない。
一杯飲もうと新しいレコードに針を落とし、バーカウンターに向かう。
アキラはビールの小瓶をすっと差し出してきた。
あ、うんの呼吸だね。
まだこの店のバーテンやって半年だけど素質あるよ、君。
背後の店の重いドアが開いた。
赤と緑と黄色のストライプに塗られ、ジャマイカの国旗を描いた派手な防音扉。
店に入ってきたのは、見かけない顔。
すっげぇ、いい女。
喉元がごくりって鳴った気がする。
可愛い女の子って沢山店にも来るけどさ、上等な女ってめったにいない。
何だろう、品格っていうの?磨かれた輝きがあるんだよね。
「ワンドリンク付きで2000円です」
アキラが言う台詞を素早く拝借して話しかける。
この店は入店時にチャージを取る。追加で飲みたい奴は、カウンターでドリンクを買うシステムだ。
彼女はとまどった様子でちらちらと店の奥に視線を泳がしている。
やっぱりなって思った。誰かと待ち合わせをして店を間違って入ってきたんだ。
だって、服からして違うんだよね。ここに来る子と。
この店の扉を開ける女の子達は、エスニック柄の服に大きめのアクセサリーをじゃらじゃら付けて、派手に目立とうとする。
化粧も、マネキンみたいなバサバサ睫毛にラメがキラキラ光っちゃうみたいな感じ。
だけど目の前のこの彼女といったら…仕立のいいスーツっていうの?かっこいいキャリアウーマンってやつ。
柔らかそうな素材が彼女のプロポーションを優しく浮かび上がらせていて、
ボタンを余分に開けてあるブラウスの胸元が、くらくらする程セクシーだ。
彼女が注文したジンバックを、わざとらしく手渡しする。
俺の目を真っすぐ見つめ返しながら、彼女はDJブースの脇にあるテーブルに歩いていった。
ボーとその後姿を眺めてると、アキラが何か合図を送ってくる。
あ、曲が終わっちまう。
慌ててDJブースに戻り、次の曲に音を被せて繋げる。
そして、のこのこと彼女のテーブルの脇に立った。
絶妙なタイミングで細巻きの煙草を咥えた女の口元にライターを差し出す。
椅子に座った彼女は、ゆっくりとした仕草で火を移した。
こういう店で何故、男と女の距離があっという間に縮まるのかを俺は熟知している。
恋人同士のように身を寄せ合わないと、この雑音の中では言葉を拾う事すら出来ないからだ。
彼女の唇が,、かかんだ俺の顔に近づいてくる。
ナイトクラブては当たり前の距離。
なのにその一瞬一瞬がスローモーションのように感じた。
おいおいなんかドキドキしてきた。
予感がする。
きっと、縁がある。運命っていうの?ちょっと俺、舞い上がってきちゃったかも。
「ブンタはいるかしら?」
思いも掛けない彼女の台詞。
「もし、まだだったらアッコが店に来てるって連絡してもらえない?」
ブンタさんを呼び捨てにする女に初めて会った。
もしかしてオーナーの新しい女?
やべぇ。俺、チャージなんて貰っちまった。
「アッコじゃん、珍しいな」
背後から野太い声が響いた。
うわっびっくりした。タイミング良すぎだよブンタさん。
「ケン、今日は無理言って悪かったな」
ブンタさんは大きな手を俺の肩に置いた。
「…いえ、全然オッケーっす」
居場所がなくて俺はブースに戻った。
お仕事、お仕事。
いつもの調子に戻ろうとしても、視線はちらちらとあの二人に泳いでしまう。
ちぇ、意外や意外とお似合いでやんの。
やけに溶け合った雰囲気が二人を包んでいた。しかもブンタさん、笑ってるよ。
いつも、山みたいにどっかりと座って渋い顔しているくせにさ。
女が隣に居るのだって珍しくもないけど、こんな風に屈託のないブンタさんを見るのは初めてだ。
早すぎる運命の出会いの終結に溜め息をつくと、俺はレコードに針を落とした。
「ケ~ン~ちゃん」
鼻に掛かった媚た声に視線を上げると、派手な常連の女が立っていた。
「今日は珍しく早く着いちゃったんだけどぉ、でもケンちゃんがDJやってるとは思わなかった。すっごいラッキー」
パチパチと重そうな睫毛で嬉しそうに瞬きしてる。
「ねぇ、じゃあラストまでいるって事?だったらリサの部屋に泊まっていってもいいよ?歩いて帰れるからぁ」
ここ、青山だぜ?人は見かけによらないもんだ。リサちゃんってお嬢様だったんだね。
いつもの俺ならラッキ~ってばかりに、のこのこお誘いに乗るとこだけど…なんでだろう?気分が乗らない。
曖昧に笑ってごましておく。
「リサ、待ってるから、また後でね」
携帯のアドレスが書かれたカラフルな名刺を渡される。
その小さな紙を見て俺は苦笑いした。
ポストに投げ込まれているデルヘル嬢の名刺みたいだ。
いつもの気のいい、オツムも軽い可愛い女の子。
やっぱこういうのが俺には似合うのかね。
初恋の子はクラス委員だった。昔から憧れるのは意外にも知性溢れるタイプ。
だけど本気にしてもらえない。ほら、俺ってやっぱり軽くみられちゃうしさ。自業自得ってやつ?
諦めがついたら何だかノッてきた。
マイクに向かって叫んじゃうよ?
「Yah Man!!アフロアフロのフライディナイトにようこそ!」
カチカチとライターの火花で、皆が気分の盛り上がりを合図してくる。
ケンちゃぁ~ん。
マリファナにラリッたようなたどたどしい呼びかけ。
おいおい、まだ早いんじゃねぇの?夜は長いんだ。ゆっくり楽しもうぜ。
「…てくれない?」
心臓に直接響く低音のリズムの中、俺に話しかける声が聞こえる。
凜と響く少しハスキーな女の声。
ブンタさんの彼女…アッコさんだった。
「一曲、リクエストしてもいいかしら?」
返す言葉がとっさに出ない。彼女はいつの間にかグラス片手にDJブースの脇に立っていた。
注がれる眼差しを唖然と受け止めながら、俺は彼女の唇に耳を寄せた。
「ドーン・ペンの “you don't love me”をお願い」
うわっめちゃくちゃ渋い昔の曲。でも、俺も好きな曲だ。
すばやく棚からご指名のレコードを取り出す。
耳に残るアッコさんの息遣い。
あっちぃな店の空気が…いや、これは俺の体温か?
曲が始まる。満足そうな流し目をよこしながらアッコさんはリズムを取り始めた。
バシャバシャと暗やみに点滅するラスタカラーのフラッシュライト。コマ送りのフィルムを眺めているようだ。
レッド、イエロー、グリーン。交互に照らされるライトの灯りにアッコさんが浮かび上がる。
おいおい、得意そうにDJブースの前で踊っていた常連のお姉ちゃん引っ込んじゃったよ。
そうだよな、こんないい女と比べられたらかなわないよね。
アッコさん、プロモーションビデオで踊るモデルみたいだ。
タイトなスカートから覗く足がめちゃくちゃそそる。
空気が違う。こんな場違いな格好なのに、最高にカッコいいよ。
いい女が店にいる。それってアフロアフロのお株を上げる。店側の人間としちゃ、鼻が高いってもんだ。
リクエストの曲が終わると、アッコさんが俺の方につかつかと歩み寄ってきた。
そしておもむろに腕を掴むと、俺を引きずるようにカウンターの方へ引っ張っていく。
「ブンタ、この子借りていくわ」
カウンターで煙草をふかしていたブンタさんがあっけに取られた顔をしている。
そりゃそうだ。何っ?何言ってんの?
「そいつ今日のDJなんだぜ。いなくなったら誰が皿回すんだ?」
「ブンタがいるじゃない」
「お…れ?」
「たまには初心に戻らなきゃね」
アッコさんは茶化すような声色で言うと、ブンタさんに艶やかに笑い掛ける。
俺、どういう立場?ブンタさんの彼女とトンズラなんてどんな顔すりゃいいの?
「おい、ケン」
ずいっとブンタさんが一歩俺に踏み込んでくる。
こえ~。心臓ばくばくいってるんですけど。
「こいつと何かあったら…」
俺はブンブンと首を振った。何にもあるわけないじゃん。週明け俺のデスクが仕事場から消えてるかも…
「…ノラ犬に噛み付かれたと思って諦めろ」
は?
ブンタさんが俺の手からマイクをもぎ取る。まじ?伝説のDJブンタ・オダギリ。
『もう、高見の見物だよ』いつもブンタさんはそう笑っていた。
俺が4年前、ブンタさんに拾われる頃には、既にこの人はDJブースから離れていた。
本当に俺の代わりにやるの?すげぇよ。
アッコさんがにやりと笑って再び俺の手を引っ張る。
店の扉を開けると目の前のエレベーターの扉が開いた。
どっとアフロアフロ目当ての客が溢れ出てくる。
「あれ、ケンちゃん…どこ行くの?」
親友の妹で幼馴染の早紀が立っていた。
「終電までに帰れよ、兄貴が心配するからな」
そのセリフが終わるか終わらないかの内に、アッコさんはエレベーターの向かい側にある非常用の螺旋階段の扉をあけた。
階段を降り始めると、店の方から歓声が響いてきた。
俺を繋ぎ止める華奢な指先。
青山通りを、まるで恋人同士のように手を繋いで歩く
「彼氏…ブンタさんいいんすか?」
アッコさんは目を丸くして俺を見返し、唐突に笑い出した。
「やだぁ…そんな風に見えた?」
くすくすと笑い声はなかなか終わらない。
「イトコなのよ、8つも上だけど…そうね兄貴みたいな感じ」
イトコ…
ブンタさんのイトコ。そういや、妙に漂う空気が似てると思った。ブンタさん、確か36だよな。じゃあ、アッコさん28か。俺より4歳年上…
ちゃっかり、そんな計算をすばやく済ませる。
いいじゃん、年上。俺全然OKよ。
「アフロアフロもよくもってるわよね。店を立ち上げる時2年くらいあたし手伝ったのよ。おかげで大学の講義は居眠りばかりだったわ」
へ?先輩だったの。そういや、腰のすわったステップだった。どうりで…あの非常階段の扉を躊躇なく開けた訳だ。
ところでどこ行くの?意味深なブンタさんの台詞が頭をよぎる。
“何かあったら、ノラ犬に噛み付かれたと思って諦めろ”
何か…何かってなんのこと?ノラ犬ってアッコさんの事?噛まれるってさぁ…
いけない期待が膨らむ。
アッコさんになら思いっきり噛み付かれてみたいな。
だけど俺の期待を彼女はこんな台詞で粉々にした。
「この先にね、遅くまでやってる美味しいピザッテリアがあるの。ご馳走するから付き合って?こんな時間に女一人じゃ寂しいでしょ」
だけど、運命は廻り出した。
この日を境にアッコさんは俺の心に棲み付いた。
ノラ犬っていうより、アッコさんは迷子のシャム猫みたいだ。
気紛れに美味しいとこだけついばんでいく。
初めて出会ったこの時だって、広尾のアパートに俺を連れ込んだくせに
自分はダブルのベットに悠々と眠って、俺をソファーに追いやった。
その癖おはようのキスで俺の瞼をこじあけるんだ。
アッコさん…寝ぼけた声で彼女の首に手をかけると、やめてよと睨んでくる。
思わず手を引っ込めた腕の中にするりと潜りこんで、「アッコさんなんてやめてよ。姐さんみたいじゃない」と小さく笑ってみせた。
何が他の女と違うんだろう。
気持ちは、あっと言う間に奪われていた。
理由なんて…よくなかんないや。
だって俺、理由つけられる程、彼女の事よく知らないしさ。
恵比寿の外資系の会社に勤めてる事や、広尾の洒落たアパート、ブンタさんのイトコだなんて事は知っていたけれど、
何もかもがつかみ所のない人だった。
遠いんだ。
そんな事、俺が気にするなんて笑っちゃうよね。
本気にならない距離感。それが一番だなんてお気楽にやってきたのは俺自身なのにさ。
だからわかる。
どう振る舞ったら、彼女のお気に召すか、そのルールって奴を。
ブンタさんは何も聞かなかった。
ただ、『金曜は世話掛けたな』なんて一言だけ言って、俺の肩をポンポンと叩いた。
何でもお見通しみたいな、眼差しが痛かった。おてんばな妹を案ずる兄といった感じ。
あれから、時々ブンタさんはDJブースに立つようになった。
お陰で俺は週末を有意義に過ごすことが出来る。
アッコから急にお誘いがあったって、いつでもスタンバイ可能って訳。
俺って惚れるとケナゲなタイプだったんだな。
アッコにとって、俺はただのボーイフレンドの一人だなんて…わかってんだよね。
他に似たような立場の男がいるなんてすぐに気付いちゃった。
でもね。俺みたいにお行儀がいい奴は、そうそういないでしょ。
人なんてさ、最後はお気に入りに落ち着くもんなんだよね。
ま、たまにはつまみ食いしたりしてもさ、遊びの相手でもしばらくすると居心地のいい奴に落ち着く訳よ。
…俺の経験だとね。
とりあえず最初は、お気に入りBFのトップをゲットしよう。
仕事もばりばり。美人で遊び上手。いつも自信に満ちている彼女の瞳が悲しそうに曇る瞬間があるのはどうしてなんだろう。
俺の唇を鮮やかに奪ってみせたりするのに、腕の中の彼女を覗き込むと、泣きそうな顔をしてたりするんだ。
怯えたように、びくりと体を跳ね上げたり。
だけど、さすがだよね。俺の視線に気付くと、嘘みたいに次の瞬間そんな感情を消し去ってみせる。
だけど違うの。俺、勘はいいほうだからさ、わかるんだよね。押し殺しているんだなって。
俺の腕の中で泣いてもいいのに。
だけど、言えない。
それはルール違反な訳よ。
踏み込んじゃいけない一本のライン。
今までの人生をリセットしたい。
どうしてどいつもこいつも俺の恋路を邪魔するんだろう
ただカッコイイ俺を彼女に見せようと、ボード抱えてドライブがてら千葉の海に繰り出したっていうのにさ。
まさかガールフレンドの皆様が揃っていらっしゃるなんて思いもしなかった。
『ねぇ、いつならいいの?飲みに行こうって言ったじゃない』
『この前、忘れ物してたよ。あのCD部屋に置きっぱなしだけどいいの?』
『今度、新しいボード買うから付き合ってよ』
…酒の誘いなんて何ヶ月前の話してんだよ。時効よ時効!
部屋にCDだなんて、お泊まりしたのをアピールしてくれている訳?
俺の隣に女がいるの見えてないの?空気をさ、読んでくれるかな。デリカシーがないよね。
新しいボード、君にはもったいないよ。浮き輪にでもしがみついててよ。
はぁ~~~~~
自分で撒いた種ってやつ。摘み取っておかなかった俺がうかつだった。
モテモテだね…なんてアッコは笑ってる。
「アッコにだけモテればいいんだよ」
そう言うと、更に肩を揺らして笑った。
やっぱりね。そりゃ無理だよね。
こんな冗談にしか聞こえない愛の告白。誰が本音に気付くっていうんだ。
ま、気長にいくよ俺。
一滴一滴の愛のしずくを地道に落としていく恋なんていうのも悪くないでしょ?
気付いたら彼女が溺れちゃう…そんな甘い水溜まりを作るんだ。
アッコさんからお誘いの電話。
「下北沢に友達がイタリアンの店を出したのよケンちゃん明日の夜、空いてるかしら?」
神様は俺を見捨てていない。明日はマイバースディ。好きな女と過ごせるとは、なんてラッキーなんだ。
あれ?俺、去年の誕生日何してたんだっけ。
ユミ?いやヒロコ?誰か女の子と過ごした事は確かなんだけど…
やっぱり気持ちがないとこんなもんだよ。俺、今年の誕生日は一生忘れない。
おぉ、わくわくしてきた。遠足前の小学生の気分ってやつ。
恋って体をこんな風に揺さぶる力があるんだね。
アッコの友達の店は下北沢から歩いて10分くらいの洒落たイタリアンだった。
店は結構広くて、フロアの中心に設置されたオープンキッチンをぐるりとカウター席が取り囲んでいる。
壁に沿って、いくつかのブースに分かれたテーブル席もあった。
いらっしゃいませと丁重な挨拶をするギャルソンに、アッコさんはオーナーは店に居るかと尋ねている。
オープンキッチンの向こう側から視線を感じた。
フランベして炎が上がるフライパンの向こうから、カウンターに座った男がこっちを見ていた。
男の隣に立っていた女が、慌てた様子でこちらに歩いてくる。
アッコは窓に施されたステンドガラスに気を取られていて、この光景に気付いていないようだった。
「いらっしゃい。アッコ、来てくれたの?ありがとう。あら、彼が噂のボーイフレンドかしら?」
やっぱり、あの男の隣に立っていたこの人がオーナーみたいだ。
噂のボーイフレンド?
アッコの友達に俺の存在って知れ渡っているって事かな。
ちょっと嬉しくて、俺はよく女の子に褒められる、愛想の良い笑顔で挨拶をした。
「彼はケンちゃんよ、よろしくね。あ、彼女は大学時代の友人のエリコ。
去年ミラノに旅行に行って、ついでに、ご馳走を作れるダーリンもゲットしてきたのよね?」
アッコさ気付いていない。彼女…エリコさんがちらちらとカウンターの席に視線を泳がせている事を。
そして、わざわざ店の一番奥にあるテーブル席へと案内した。
だけど俺からは見えちゃうんだよね。アッコは背中向けて座ったからわからないかもしれないけど。
さっきほどあからさまじゃないけど、カウンターの男は、ワイングラスを傾けながらこちらを盗み見ている。
俺ね両眼視力2.0なんて野性動物並みなんだ。
だから見えちゃうの。奴の瞳の奥で揺れる動揺と、押さえ切れない嫉妬心までも。
ふぅん。コイツだな。しつこいようだけど頭はそんなによくないけど勘だけはいいんだよね。
アッコを時々俺からさらう影の正体。
昔の恋人ってやつ?しかも結構マジなおつきあいしてたんだろうな。
駄目だよ。そんな目で見たってさ。
俺だってやっと見つけたんだ。
アンタに返すわけにはいかない。
目の前で柔らかくアッコが微笑んでいる。
美味しいワインは彼女をご機嫌にする。
「俺、今日は誕生日なんだ」
あら、と彼女は少し驚いた顔をした。
「誘った時に言ってくれればいいのに。シャンパンを頼もうか?」
「何もいらないから、お祝いのキスが欲しいな」
テーブルに片手で頬杖をつくと、俺は悪戯っぽく片目をつぶってみせた。
こういう時の彼女は、そこいらへんの女と違うんだ。
思わせぶりに恥ずかしがって、うつむいてみせたりなんてしない。
鮮やかに俊敏にコトを済ませる技を持っている。
お行儀悪くテーブルに手をつけて身を乗り出すと、アッコは俺に祝福の口付けを刻んだ。
ほんの一瞬の柔らかい唇の感触。
ちらりと視線を泳がせると、カウンターの男が店の扉に向かうのが見えた。
そう、出て行ってくれよ。
アッコの心の中からもさ、綺麗さっぱり消えてくれりゃいい。
…アッコの隣が似合いそうな大人の男だった。
アイツの残像があれからチラついて邪魔くさい。
もんもんと考えているのって、趣味じゃない。
3日後に一人であのイタリアンレストランを尋ねると、開店間際の店内には、まだ客がいなかった。
エリコさんは目を丸くして、あらっと驚いていた。
「レストランウェディングが出来る店を探している友達がいるんです。
いい店があると言ったら、予算とかを聞いておいてくれないかって頼まれて…」
そんな、もっともらしい言い訳をした。
エリコさんは喜んで相談に乗ってくれた。
日取りは?人数は?なんて尋ねられて、適当に答える。
お姉さんの扱いは俺の得意分野。
頃合いを見計らって話の流れを変える。
「エリコさん、美人だから、新郎が目移りしたらやばいかな?」
程良いジャブに彼女は「お上手ね」なんて言いながらもご機嫌な様子だ。
ま、マジで結構いい女なんだよね、エリコさん。気さくで上品で綺麗なお姉さんってやつ。
「旦那さんは幸せ者ですね」
と言ったところで、エリコさんは「つまんでいってね」なんてオードブルの盛り合わせを出してくれた。
そろそろいいかな?さりげなく、さらりと俺は尋ねてみる。
「この前、カウンターにいた男の人、アッコの前の恋人でしょ?あんまりいい男で俺、へこんじゃいましたよ」
エリコさんは少し困った顔をした。
「やだ…アッコ気付いていたのね。あの子、あまり顔に出さないから…」
「俺がついてますから、大丈夫です」
努めて明るくそう言うと、エリコさんの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「そうね、あなたと居るアッコ楽しそうだったわ」
「女の子を楽しくさせるのだけは得意なんです。俺」
「ケンちゃんって面白いのね」
くすくすと、愉快そうに綺麗な歯を見せてエリコさんは笑い出した。
「よく、二人で南の島になんて行っててね、結婚するもんだと思っていたんだけど…でも、男と女の事なんて本人同士にしかわからないわよね」
俺って馬鹿だよね。奈落の底だ。
俺より4つ年上なんだ。恋愛だって色々経験してるさ。
アッコは、あの男を愛しているのかな
時々見せる遠い眼差し。
あの男と俺が重なるのかな。
ねぇ、俺は?
愛なんて贅沢は言わない。だけど少しくらい欲しいんだよね。
…アッコの心が。
「……ケ…ン…おいっケンっ聞いてるのかよ?」
オサムの声が耳元で響く。あれ?さっきからもしかして呼んでいた?
「ったく、大事な話ししてるのに、ぼけ~としやがって。聞いてんのかよ」
「…悪りぃ、最初っからもう一回話して」
オサムは呆れた溜め息をつきながらも、再び話を始めた。
仕事帰りに待ち合わせをした居酒屋は人で賑わい、奥の座敷では大学生がコンパで盛り上がっている。
幼なじみのオサムは、毎年恒例仲間内のサーフィン旅行の計画を話していた。
コイツが小さいながらも旅行代理店になんて就職してくれたお陰で、海外へ格安でサーフトリップを楽しむ事が出来る。
「今年もバリだろ?俺去年のホテルがいいな。朝飯うまかったし」
あんまり頭が回らないから適当に済ませようとそう言った。
頭の中では昨日のエリコさんの台詞が頭をぐるぐる回っていた。
“よく、二人で南の島になんて行っててね、結婚するもんだと思っていたんだけど…”
「今年は新企画っ。ウチの会社さ、サーフィンが出来る新しいツアーを開拓中で、有力候補があるんだ。
あとで色々な意見を聞かせてくれるならモニター特別料金でいいって言ってくれてるんだよね」
オサムがアルバムを差し出してくる。
何だかあまり気乗りがしなかった。今年は行かなくてもいいかな…なんて思っていたから、何の期待もしないで表紙をめくった。
見開きに写真が4枚並んでいる小さなアルバムだった。
…何これ。
眩しい陽差しに照らされた風景の断片に目を細めた。
海と空が溶け合うようなブルーのグラデーション。
水中の写真もあった。
写真の上部に水面が見えるから水深なんて1メートルもないはずなのに、鮮やかな熱帯魚が透明なブルーの海一面に散らばっていた。
海面から透けて見える空には、浮かぶ雲さえも映り込んでいる。
「…これって合成写真?」
「バァカ、合成写真お前に見せてどうすんだよ。すげぇ、綺麗だろう?どの島も歩いて10分くらいなんだって。しかも3食付だ」
「は?何それ。コレどこなの一体」
「モルディブ」
「ヨーロッパ?」
「アジアだよ。インド洋」
「インド?」
「インドじゃねぇよ、イ・ン・ド・洋っ。小さな島が集まってひとつの国になってんだよ」
「サーフィンできるの?」
「船でポイントまで連れていってくれるらしいぜ、ま、サーファ向けの島は限られるらしいけどよ。
でもサーフィンだけじゃもったいないよな、シュノーケルで亀が見れるくらい海が綺麗なんだってさ」
「女連れて行ってもいい?」
「あ?いいよ。早紀も来るし」
早紀…オサムの妹の名前が挙がる。そういえばこの前アフロアフロのエレベーターの前で出くわしたっけ。
「へぇ、早紀来るの?」
「その写真見せたら、絶対行くって言い出してさ、まいったよ。あ、マリも行くって」
「…お前もマリと長い付き合いだな、高校からだもんな。結婚とか考えねぇの?」
「まだ就職して2年だからな。ま、その内にって感じかな」
へぇ、同じ質問を前にした時には、まだまだ遊ぶよなんて苦笑いしてたのに…オサムも年貢の納め時かな。
だけどそんな決意をいつしたのか。昔から見慣れている幼なじみが今日は妙に大人びて見える。
「ケンが連れてく女ってさ、年上の人?マリが先週、千葉の海でお前と一緒にいるのを見かけたって言ってたぜ。
すごい綺麗な大人の女だったって。今までと全然タイプが違うってさ」
興味深々といった顔でオサムが俺を覗きこんでくる。
女の子って噂好きだよね。アッコとの噂なら大歓迎だけどさ。
「何、遊び人のケンちゃんが珍しくご執心らしいじゃん」
「…惚れちゃったんだもん、仕方ないじゃん」
「えっ、マジで?」
すっとんきょんな声でオサムは本気で驚いた様子だ。
「悪りぃかよ」
「あ…いや、悪くない。マジでその人連れてこいよ。俺も会ってみたいし…あ、でも…早紀…」
もごもごとオサムの口調が鈍る。
「早紀が、どうかした?」
「いや、ほらアイツ昔からお前の事好きだろう?」
「俺?あぁ…あんなの昔話しじゃね~かよ」
昔、俺が高校の時にチョコをもらった事があった。
あのバレンタインの日、まだ中学のセーラー服を着ていた早紀は、真っすぐな瞳で俺を見据えて、好きだと告白してきた。
そのひたむきさがあの時の俺には息苦しくて…茶化してその場をうやむやにした。
それにさ、あの頃の俺、サカってるって言うの?そういうお年頃でさ、親友の妹で幼馴染の早紀なんて対象外だったんだよね。
「早紀がサーフィンなんて始めたのも、ケンと接点を持っていたかったからみたいなんだよな
ほら、お前一人暮らしなんて始めて実家出ちゃったし」
「サーフィンなんて兄貴のお前の影響だろう?」
「いや…ま、長い片思いってやつ?最近彼氏なんかもいたみたいだけどさ、どいつとも長続きしない。
本命はケンみたいなんだよね。だから今回の旅行はいい機会かもな」
「どういう意味だよ。いい機会って」
「ケンが本気で惚れた女を連れて来るんだろう?早紀が自分の気持ちに踏ん切りをつけるいい機会だって事だよ」
ごそごそとポケットからLARKの箱を取り出すと、オサムはジッポで火を付けた。
「…先週、マリと一緒にサーフィンしてたから早紀もその彼女を見ちゃったみたいでさ、…様子がおかしいんだよな。
だから今更に俺も気付いたんだよね。コイツまだケンの事好きだったのかよって」
「それ、マジなの?早紀だったら、可愛いしさ、いくらでも男寄ってくるだろう。花の大学生じゃん」
「…早紀じゃ駄目か?」
へ?真剣な声色でオサムに問われて、俺は狼狽した。
「っていうか、お前こそさんざん遊んでる俺なんかに大事な妹任せられるのかよ?」
「いや、任せるもなにもまずお前等じゃ合わないって思ってたからさ。
ほら、早紀って妙にくそ真面目だし、お前は真剣になるのなんて趣味じゃないと思っていたからさ。
でも、今回のお前を見て、それって勘違いだったかなって…」
どうにも返事のしようがない。だって今の俺にはアッコ以外の女が入り込む隙間なんてないから…
アッコに出会って気付かされた、誰かを好きになる切なさっていうやつ。
あの時真剣に答えを返さなかった逃げが、早紀に対して残酷な仕打ちだったって事に今更に気付いた。
なんとなく…わかっていたくせに知らんぷりしてたんだ。早紀の視線を今でも感じる事はあった。
ふさぎ込んだ俺の背中をオサムはポンポンと大げさな音を立てて叩いた。
「悪りぃな、、早紀の事なんて言われても困っちまうよな」
オサムはビールをなみなみと俺のグラスに注いでくれた。
奥の座敷のコンパは随分盛り上がっているみたいだ。どっと笑いが響いている。
「ま、あいつもいつまでも子供じゃないし、お前にそんな人がいるってほうが納得するさ」
早紀の話をするオサムは、妹思いの兄貴って感じで、ひとりっ子の俺は兄妹がいるって事を久しぶりに羨ましいと感じた。
ごめんな。
声には出さずに心の中で呟いてみる。
うまくいかないもんだな。
愛した人が同じ気持ちで思ってくれる確立ってどれくらいだろう?
ふいに、あの男とアッコの事が浮かんだ。
愛し合ったって、上手くいくとは限らないんだもんな。
手元に広げたアルバムに視線を落とす。
アッコがあの男と訪ねた南の島ってどんな所だったんだろう。
だけど、ここより綺麗な場所はそうそうない気がした。
風景を切り取った小さな断片でさえ、こんなにも胸を掴みあげる。
奴と過ごした記憶を、こんな場所ならば上塗り出来るかもしれない。
ここで過ごす時間は何かを変える力を持っている気がした。
「じゃ、今年はモルディブに決まりなっ」
妙に張り切った声でオサムは言うと、グイッとグラスを飲み干した。
その飲みっぷりの良い姿を見ながらふと気付いた。
あ、相思相愛の貴重なカップルの片割れががここに居た。
「お前とマリってよく考えたらすごい幸せ者だよな」
「は?シアワセモノ?」
まぁ、まぁ、とオサムのグラスにビールを注いでやる。
「最近レストランウェディングとか流行ってるらしいじゃん。
俺、いいイタリアンレストラン知ってるんだよね。いよいよって時には相談してくれよ」
「おぅ、ありがとよ」
あれ?照れてるの?
オサムは柄にもなく顔を赤くして小さな声で呟いた。
アッコが待っている。
砂浜で俺を待っている。
そんな彼女を、海から眺めるのが好きだ。
砂に広げたラグが、二人の小さな家みたいで、アッコは俺のために温かい紅茶なんて用意してくれるんだ。
まるでママゴト。
海から上がると、ゆっくりアッコを見つめながら近づいていく。
視線が何度も絡んで、照れ隠しにラグの上に広げられたランチボックスや、ポットや、綺麗にたたまれたタオルなんかに視線を泳がせてはアッコを見つめる。
「ケンちゃん」
ふいに至近距離で呼び止められ足を止めた。。
これから海に向かう早紀がボードを抱えて立っていた。
白いウェットスーツ、潮風にショートボブの髪が揺れている。
この前オサムとの会話が頭をよぎり、妙に意識してしまう。
「おぅ、今日もマリと一緒か?」
「うん、お兄ちゃんも後から来るって」
…そこで会話は途切れちまった。
じゃあ、と一歩踏み出そうとすると再び呼び止められる。
「ケンちゃん、あたしもモルディブ行ってもいいかな?」
「いいに決まってるじゃん、楽しみだな」
「…あの人も行くの?」
ちらりと早紀は浜辺のアッコに視線を流した。
「あ…そしたら女同士、仲良くしたいなって…」
にっこりと早紀は口元だけ微笑んでみせた。
無理に作られた笑顔に胸の奥がチクリとした。
「今から聞いてみる。仕事の都合もあるだろうし、彼女って訳じゃないからお断りされるかもしれないしな」
「そっか…オッケー貰えるといいね」
そう言葉を投げてよこす早紀の顔からは笑顔が消えていた。
ただ、あの真っすぐな眼差しで俺を見つめていた。
躊躇せずに見つめ返す。
化粧っけのない早紀の睫毛が不安げに揺れている。
また早紀は微笑んだ。今度は子供の頃から知っている、目尻を下げた屈託のない笑顔。
「頑張れ、ケンちゃん」
すれ違って逆の方向に俺達は歩き出した。
早紀が足を止めて振り返る気配がする。
だけど俺は振り返らなかった。視線はアッコを捕らえていた。
一歩一歩、アッコに近づく感触を裸足で感じる。
許してくれるかな?その心にも踏み込もうとする俺を。
賭けだ。
俺、意外と博打には強い方だ。きっと上手くいくさ。
アッコの前に腰を下ろす。温かい紅茶が、目の前に差し出された。
すぐに口を付けないで、そのカップの温もりに手を添えていると、ブランデーの香りが漂ってくる。
「いい香りだ。アッコの紅茶」
幸せだと思った。手放したくない。だけど、その心にも触れたいんだ。
春風が吹き抜けて、濡れた髪を冷やしていく。
だけど体は熱かった。アッコが忍ばせたブランデーのひと滴にまるで酔っちまったみたいだ。
仕事は忙しいの?なんて話を切り出す。来月なら暇になるとアッコは言った。
上手く言葉が出ない。
「毎年、サーファー仲間でバリに行ってんだ…」
回り道をするような話し方だったから、アッコはバリに誘われていると思ったみたいだ。
違うんだ。あのブルーの景色。あの小さな島に誘いたいのに…
「でもさ、今年はちょっと違うトコに行こうかって話になっててさ、すげぇいいトコ。だからアッコも連れて行きたいなって」
インドじゃなくて…そうだ…
「…知ってる?モルディブって」
モルディブ…その言葉を口にするとアッコの表情が固くなった。
あ、まただ。
アッコの心に覆いかぶさるヤツの影が、俺の胸の奥底をチリチリと焦がす。
柄にもなく嫉妬…かよ
「インド洋のほうにある小さな島の群島なんだって」
アッコが珍しく狼狽している。さっきまで潤っていた彼女の唇が早くなった呼吸で乾き始めたくらいだ。
「…やぁねケンちゃん、小さな南の島なんて恋人と二人で行く場所よ」
ほんの少しだけ震える語尾を抑えながら、アッコは平静を装いさりげなくそう言った。
胸の中で、小さく何かが弾ける音がした。もう、止められない。今アッコの脳裏によぎる、南国の情景をかき消してしまいたい。
連れて行ってあげるから。そこよりもっと綺麗な島に…
「じゃあさ、二人で行こうか?俺、サーフィン出来ない島でもいいからさ」
「えっ」
「アッコと行ってみたいんだよね。あんな海」
アッコの体が小さく揺らいだ。それに気付かない振りをして一気に言葉を繋げる。
「こんないいかげんな俺が今更だけどさ、アッコの事…大切にしたいなんて思っちゃうんだよね。どうしてだろう」
…言っちまった。
丁と出るか半と出るか。
賭博に溺れて身ぐるみ剥がされ、最後の小銭までも注ぎ込んじまったあほうの心境。
小さな壺にはさいころがふたつ。
失うか、得るか。
確実に真実はすぐそこにある。
アッコは唖然と俺を見ていた。瞳は綺麗な硝子玉みたいだ。
綺麗すぎて感情が読み取れない。だけど、ふとその瞳が意志を宿し輝き出した。
それは、迷いも悲しみも吹き飛ばしたかのような力を放つ。
「…ケンちゃ…」
あ、やばい。
動物の勘っていうの?
俺はアッコの声に、懺悔を含ませた決意の響きさえも感じとっちまった。
イエスじゃない答えなんて聞きたくもない。
続く言葉を咄嗟に塞ごうと、乱暴に唇を押しつける。
怖かった。
だから自分から口にした。
「わかってるんだよね俺…振られるのなんてさ。アッコの心を捕らえている男がいるなんて気付いてた。
黙ってりゃ、こうして一緒にいられるのに欲が出た。久しぶりに誰かを好きになんてなったからさ…
柄にもなく全部欲しいなんて…思っちゃったりしてさ。らしくないよね?」
情けない程、途方に暮れていた。
捨て犬の気分で「くぅ~ん」と子供にすがるような悪あがき。
「俺、セカンドでもいいけど?やっぱそういうキャラじゃん」
アッコは駄々っ子をあやす母親のような口調で、優しく俺を咎めた。
「…馬鹿ね。ケンちゃんだけを大切にする女の子がちゃんといるわよ」
玉砕だ…
春色の陽差しが、柔らかく彼女を照らし出している。
ねぇ、アンタさっきより綺麗に見えるよ。
空を仰ぐその瞳は、春の風さえも映し出したかのように澄み切っている。
何を心に決めたの?
俺の手から大事な宝物が擦り抜けていく感触。
泣きたい気分だけど笑ってみせた。
お気楽ケンちゃん。
アッコがお気に入りにしてくれた、そんなイメージくらいは壊さないでおこう。
その胸に軽く俺を刻んでおいて欲しかったからさ。
飛行機から一歩足を踏み出すと、熱風がまとわりついた。
飛行機のエンジンの熱気か南国の空気か、区別がつかないままのろのろとデッキを降りる。
マーレ空港。
この国は空港も刑務所も大統領の官邸も、それそれが専用の小さな島に建っているんだと、
ガイドブック片手に、マリが得意そうに説明してくる。
メンバーは8人。こいつらに引っ張られて結局、来ちまった。
あれからアッコとは会っていない。ぽっかりと胸に大きな穴が空いたままだ。
飛行機に積んだ荷物を受け取り、大きなサーフボードを抱え、船着き場に向かう。
成田から到着した飛行機だからあたりまえだが、周囲は見慣れた日本人だらけで、
ここがインド洋に浮かぶ島の空港だなんて実感がわかない。
愛想のよい南国の男が、俺達が滞在する島、ロヒフシに向かうボートは、少し遅れて出発するからと悪びれもせずに知らせてくる。
時間潰しに屋外のカフェでストローのささった冷えの足りないコーラを啜った。
遠目に見える幾つかの桟橋には、それぞれのリゾートから送迎のボートが到着していて、
褐色の肌を持つ現地の男達が、客のスーツケースを慌ただしく積み込んでいる。
「…ちゃん。…ケンちゃんっ」
ぼんやりした頭に響く声にやっと反応して顔をあげると、仲間が皆、俺を見ていた。
「もしかして、俺…呼んでた?」
「明日リクエストするサーフポイントを話してたんだけどよ、ま…いいや、適当に俺達で決めとくからさ」
妙に思いやりのある口調でオサムが言うと、他のメンバーも気を遣った眼差しを投げてくる。
ブロークンハートのケンちゃんに、皆は優しい。
その気遣いがかえって居心地悪くて、俺は船着き場の方にフラフラと散歩に出かけた。
気付くと隣を早紀が歩いていた。
「色んな船があるねぇ」
暢気な声色でもの珍しそうにきょろきょろしている。
脇にあったベンチに座りタバコに火を付けた。
夜空を仰ぐと、一面に散らばった大粒の星が今にもこぼれそうに輝いている。
見たことがない夜空のイルミネーションに、やっと異国情緒がわいてくる。
あぁ、俺本当に来ちゃったんだな…
後悔していた。
アッコが居ない。ここにいると、その事実がよりリアルに感じられたから。
いつまでも女々しい自分に嫌気がさす。
俺を置いて一番奥の桟橋に探索に向かう早紀の後姿を見送る。
早紀は他の奴等のような同情は見せなかった。
ただいつもと変わらず俺に接してくる。
兄貴のオサムは早紀が俺に惚れてるなんて言ってたけど、やっぱりそれって勘違いじゃないかなんて思う。
早紀の真っすぐ見据えてくるあの視線は、今更好きだからとかそんなんじゃなくて…
もしかしたらいつまでもチャラチャラ遊んでいる俺を戒めているのかもしれない。
タバコをもみ消すと早紀が消えて行った方に歩き出した。
…誰かがこちらに歩いてくる。
暗がりを照らしだす橙色の照明を背に、その人影は長い影を俺の足元まで伸ばしていた。
早紀だった。随分早く戻ってきたんだな。
さっき隣にいた時の少し眠そうなのんびりとした雰囲気は消え失せて、違和感を感じさせる固い表情を浮かばせていた。
「何かあった?」
早紀はふるふると首を振った。
「ケンちゃん、皆のトコにそろそろ帰ろう」
ん?なんだろう。早紀のこの顔…。あぁ、口元だけで笑ってみせる嘘笑いだ。
“あの人も行くの?”
海でそう問いかけた時と同じ顔…
そんな顔をさせる原因が、その背後に隠されている気がして、俺は早紀の肩越しに見える最後の桟橋の先に目を凝らした。
視力2.0。
見えなくてもいいものまで時々見ちまう千里眼。
…嘘だろ?
アッコがいた。まさに船に乗り込むところで、隣に立っている現地の男たちと笑いながら言葉を交わしている。
やたら声のでかいおっさんがいて、よく聞くとその言語は英語ではなく現地の言葉のようだった。
この土地への旅慣れた様子。
そしてアッコの背後には、イタリアンレストランで見かけたあの男がいた。
“知ってる?モルディブって…”
俺は大馬鹿野郎だ
アッコがコイツと繰り返し訪ねていた南の島って…
「行こう、ケンちゃん」
唖然と立ち尽くす俺の手を取って、早紀が歩き始めた。
逃げるような歩調。
皆がいるカフェテリアの灯りが見えるところで、やっと早紀はその歩調を緩めた。
絡んだ指先が震えている。
視線を移すと、早紀が泣いていた。
声も立てずにただポタポタとこの星の粒のような滴を瞳からこぼしている。
「どっ…どうした?」
「ケンちゃんの代わりに泣いてんのよ」
涙をぬぐいもせず、早紀はいつもと変わらない眼差しで俺を見ている。
「…だからケンちゃんが悲しむ必要はないんだからね」
ぽつりと呟くように早紀はそう付け足した。
俺よりずっと小さなその体が、悲しみの盾になろうと両手を広げて立ちはだかる。
胸はズキズキと痛んだままだったけれど、もたれかかる場所があるようで救われた気分になる。
触れ合う指先にすがるように力を込めた。
次の日、朝早くから仲間はニンジャという名のサーフポイントに繰り出して行った。
腹の調子悪くてさぁ、なんて言い訳をして、初日は島でのんびり過ごすと別行動を宣言する。
皆、朝の陽差しに姿を現した海の美しさに興奮を隠せない様子で、いそいそと船に乗り込んで出かけて行った。
椰子の木陰でひとり大の字になって寝ころぶ。
同じ空をアッコも眺めているのだろうか。
海はどこまでも光が届く限り澄み渡り、青の濃度を絶妙に変化させながら空の色に混じり込んでいく。
島を覆う鮮やかな緑の葉は、濃い影を白い砂浜に落としていた。
息を飲む色彩のコラボレーション。写真なんか目じゃない現実が広がっていた。
すげぇ綺麗。
アッコが時々ふとした時にみせていた遠い眼差し。
あの時彼女の心に浮かんでいた情景は、この海だったのかもしれない。
モルディブと口にした俺に見せた、アッコの狼狽した仕草。
地雷を踏んじまったって訳だ。
椰子の葉の透き間から漏れる陽差しが眩しい。
目を細めると黒い影が覗き込んできた。
「あれ?波乗り行かなかったのかよ?」
早紀だった。
「あたしも初日はのんびりしようと思って」
早紀は水着姿にパレオを腰に巻いたいでだちで、俺の隣に腰を降ろした。
「地球にはこんな場所があるんだね」
さらさらと風になびくパレオの花模様が目の端で揺れている。
下から見上げると、早紀の睫毛が椰子の葉のような曲線を描いているのが見えた。
耳にかけたショートボブの髪。
ほっぺの産毛が金色に光を透かしている。
もんもんと考えているのは趣味じゃない。
俺も真っすぐ向き合わなくてはいけない気がして早紀に問いかけた。
「お前さ、俺の事好きなの?」
直球すぎただろうか?だけど他に言葉が見つからなかった。
たいして驚いた様子もなく早紀は俺を見つめ返してきた。
そして、素直に「うん」と答えた。
拍子抜けした。余裕すら感じる様子に、こっちのほうが慌てちまう。
「だっ…だって俺みたいな軽い男の何がいい訳?」
「ケンちゃんは軽くなんてないよ、正直なだけだよ」
寝ころんだままの俺を覗きこんで早紀は優しく笑った。
小学校からの付き合いだけれど、こんな風にじっくりとマジな話をした事なんてあったかな?
体だけでっかくなって、脳みそはガキのままの俺と違って早紀は随分大人になった気がする。
何て言うか…懐がでかいって言うの?
「ケンちゃんがフラフラ女の子達を放浪してても、最後にあたしを選んでくれればいいと思っていた。
それまでケンちゃん好みのいい女になるようにじっくり自分を磨こうかな…なんてね」
すげぇ、それって何年計画の話なんだろう。
自分に向けられた言葉とは信じ難い。だって俺そんな価値ないと思うし。
「他の人と恋愛もしたよ。だって子供のままじゃケンちゃんの対象外でしょ?」
胸の奥がチクッてした。
「アッコさんだっけ?あの人には、さすがに焦っちゃったけどね。想定外のレベルでさ…」
早紀が視線を反らした。そして少し眩しそうに海を見つめる。
「…ケンちゃん、あたしアッコさんみたいになるからさ」
語尾が消えそうに小さかった。
溜息のような声なのに、その台詞はグサリと胸を突き刺した。
「俺さ、ガキの頃、お前に何か言ったの?」
きょとんとした顔で早紀は再びこちらを見た。
「ほら、よくドラマとかであるじゃん、お嫁さんにするって子供の頃男が言った約束を、ず~と覚えている女の子の話。
何かそういう事、俺言ったのかな~って」
話の展開がドラマみたいだと思った。だってさ、そうでしょ?
「やだ、ケンちゃん覚えていたの?」
…やっぱり
動揺する俺を早紀はおかしそうに観察している。
「ケンちゃんがお嫁さんにしてくれるって言ったんじゃないわよ」
思いだし笑いはクスクスと止まりそうにない。
「ケンちゃんが初めて女の子に振られた時…
ケンちゃん中学1年生くらいかな?随分落ち込んでてさ、公園のベンチなんかでぼ~としてた訳。
あたしたまたま通りかかってね、愚痴を聞くはめになったのよ」
あぁ…中一の時にクラス委員に振られたのは覚えてる。結構トラウマでさ、ケンちゃん軽いから信用できないって言われたんだよね。
でも早紀に愚痴ったなんて覚えてないや。
だって俺が中一じゃさ、こいつ小学5年生じゃん。
「ケンちゃん、あたしが子供だから話易かったんだろうね。
あたしも人生相談なんて生まれて初めての小学生だったから結構センセーショナルな出来事でさ、子供心ながら真剣に聞いてたの」
まったく記憶にない自分の話を聞かされるっていうのは不思議な気持ちだ。
もともとの話の発端を忘れ、俺は早紀の話に聞き入った。
「大人になるのって厳しいよ、なんてケンちゃん言うのよ。一生結婚できないかもな、なんてうなだれちゃって」
思春期ってやつじゃない。俺って多感な少年だったのね。
「だからあたし約束したの。ケンちゃんが誰とも結婚できなかったら旦那さんにしてあげるからねって」
へっ?
我に返った。そうだそういう話をしてたんだ。
「ケンちゃんすご~く安心した顔でこっちを見てね…その顔に恋しちゃったって訳」
そこまで一気に話すと、早紀はふと黙り込み、足元の白い砂をパラパラと持て遊び始めた。
急に慎重に言葉を探し始めた早紀に、俺は何だか不安な気持ちになる。
「…こんな話、ケンちゃんが忘れちゃっているなんて分かってた」
早紀が掘った砂の隙間から逃げ出した小さな蟹が俺の足の指をかすめて通りすぎていく。
「確かめる為に中学になった時チョコ渡したの。ケンちゃんあたしからの本気チョコに困った顔してたでしょ?
…なぁんにも覚えてないんだなって」
「…ごめん」
乙女の純情を土足で踏みにじっちまった。俺、他でも何かやらかしているかも。
「謝る事ないよ。こんな子供の時の事、いつまでも引きずっているあたしがしつこいんだもの」
話を打ち切るように早紀は立ち上がった。
「今日の話も忘れていいよ。ただ好きなだけなの。憧れもあるんだろうね、ケンちゃんの自由奔放な雰囲気に惹かれちゃうの。
それでさ、そんなケンちゃんが元気がないときは守ってあげたいなって…そう思っちゃうだけなの」
胸が詰まった。言葉を返そうにも、気の効いた台詞なんて何も浮かばない。
「あっちでいい波、立ってたよ。せっかく来たんだから楽しもう?」
「おぅ」
二人でコテージのほうにボードを取りに連なって歩く。
鮮やかな緑で覆われた小道を抜けていく。
早紀の華奢な後姿に目を奪われた。
馬鹿だよお前。
全然イケてるじゃん。男ほっとかないだろう?俺なんかに捕らわれてちゃ、もったいないじゃん。
“ちゃんと、ケンちゃんだけを見つめてくれる女の子がいるわよ”
アッコとサヨナラする時に、彼女が言い残した台詞。
さすがだよね、もしかして何もかもお見通しだった?
…だけど、あんなアッコでさえ、恋の糸は絡まるんだ。
一番大事な事は、今の気持ちに正直になるって事なんだろうな。
「どうしたの?ケンちゃん」
立ち止まった俺を早紀が振り返る。
お前、たいした奴だよ。
”ケンちゃんを守ってあげる”
俺、墜ちちゃったよ、さっきの殺し文句にさ。
人生って何が起きるかわかんない。
さっきまでアッコに惚れてたのに、今はこいつに惹かれているなんて。
やっぱり俺、軽いのかな?
でも、胸が痛い。
アッコの時と変わらないくらい、締め付けられるように切なくて…
だけど大きく違うのは、愛されているって心地良さが俺をこんなにも優しく包んでくれている。
今度は俺が守りたいな…なんて、これってさ、結構ヘビーだよね?
「行こうぜ」
不思議そうな顔でいつまでも俺を見ている早紀を、俺は視線でうながした。
小道の向こうに、白い波が覗いている。
ロヒスと呼ばれる島のビーチの一角にあるサーフスポット。
ゆっくり押し寄せてくるメロウな波が、アクションの練習にはもってこいだ。
パドルアウトして波を待つ。
ゆらゆらと浮かびながら周りを見渡してみた。
自分の身体を包む水の透明度に気付き息を呑む。
海面には揺らめきながら映る空模様。
体の奥底から押し寄せてくる懐かしさは、遺伝子に刻まれた海の記憶なのだろうか。
不思議な程に、この場所が愛しい。
少し遅れて早紀がパドリングしてくるのが見える。
迎えるように俺は早紀の方に近づいていった。
濡れた髪がホッペにへばり付いている。
腕を伸ばして、その髪をそっと指で後ろのほうに撫で付けてやった。
「お前はさ、そのままでいいから」
「えっ?」
「誰かのようになんてならなくていい。早紀は早紀らしいのが一番」
嬉しそうに、小さく早紀は頷いた。
俺のそんなひと言で、幸せそうな顔をする仕草がさ…可愛いんじゃない?
今更気付くなんて、随分回り道しちゃったのな。
でも、いいか。
だからこそ価値がわかるってもんだ。
唇を重ねようと顔を寄せたら、波に揺られておでこがぶつかっちまった。
「いた~い、ケンちゃん、大丈夫?ふらふらしてるよ」
何をしようとしたのか、全然わかってないみたいだ。
おっと、結構でかいのが来ましたよ。
「岸で待ってるからな」
そう言葉を残すと、俺は波を追いかけた。
追いつけ追いつけ。
掴まえるんだ。自分の力で。
アッコも再びこの海を抱きしめる為に、あの男を追いかけたのだろうか。
振り切るよ、俺。
心残りは男らしくないからさ。
テイクオフ。ふわりと体が浮く。
あおいゼリーのような波の表面を、切り裂くようなマニューバーを描きながらボードを滑らせる。
跳ね上がる水飛沫が光を弾いて輝いている。
お天気雨のシャワーを浴びているみたいだ。
最高っ
早紀が追いついたら、さっきのキスの続きをしよう。
今度は狙いを定めて唇に…
きっと南の島の海の香りがするんだろうな。
こんなに待たせちまったんだ。
この島のようなスペシャルなキスを捧げなくちゃ。
魅惑的にどこまでも甘い口付け。
もっともっと俺に溺れて、抜け出せないほどに酔わせる為に。
おっと、オサムお兄様にご挨拶しなくちゃな…
あいつ、どんな顔するんだろう。
その時の奴の顔を思い描くと、抑え切れない笑いが零れた。
(END)
ロヒフシ/写真(別窓)
※アッコ視点 『アイランドジャンキー』
【目次】